第十一話 玉菊《たまぎく》灯篭《とうろう》
七月、蒸し暑い吉原では活気が出てきていた。
酒宴も多く、大見世から河岸見世まで客が溢れている。
「おはようございます。 潤《じゅん》さん」 梅乃は男性職員に挨拶をする。
「おはよう。 梅乃は、いつも早起きなんだな~」 そう言って、梅乃の頭を撫でる。
この男性職員は 片山《かたやま》 潤一郎《じゅんいちろう》と言う。 いつも笑顔で、爽《さわ》やかな若い衆である。
「今日も、ここを頼めるかい?」 片山は、梅乃にホウキを渡した。
梅乃がホウキで掃いていると、少し後に小夜がやってくる。
「梅乃、おはよ♪」 小夜はニコニコしていた。
「どうしたの? なんかニコニコしてる~」
「聞いちゃったの! 勝来姐さん、水揚げをしたって」 小夜は興味津々であった。
(小夜、凄いな……私には想像できない……)
「私は、いつやるのかなぁ……?」 顔に似合わず、小夜の大胆な発言に梅乃は引いていた。
「小夜、ちょっと頼めるかい?」 采が見世の外まで出てきた。
「はい。 お婆」 采は小夜のお使いを頼んでいた。
「いってきまーす」 小夜は小走りで買い物に出掛けていく。
「梅乃、今日は潤の手伝いをしておくれ。 玉菊《たまぎく》灯篭《とうろう》の飾りつけだ」
采が言った後、梅乃は片山の傍で手伝いをしていた。
「この灯篭に色を入れて飾るんだよ」 片山は、梅乃に優しく教えていた。
玉菊灯篭とは、江戸時代の吉原で活躍した玉菊の供養の為のイベントである。
玉菊とは、諸芸《しょげい》に通じた才色《さいしょく》兼備《けんび》の花魁のことで、京保十一年(一七二六年)に二十五歳の若さで亡くなっている。
多くの人に慕《した》われ、親交のあった引手茶屋がお盆に吊るしたことが始まりである。
その後、引手茶屋や妓楼が趣向を凝《こ》らした灯篭を吊るすようになり、吉原を代表する年中行事になっていたのだ。
「今年は、どんなのにしようか……」 片山は頭を悩ませていた。
「せっかくだから、目立ちたいですよね……」 梅乃も考えていた。
「何しているの?」 菖蒲が声を掛けてきた。
「菖蒲姐さん、おはようございます。 今、潤さんと一緒に玉菊灯篭の模様を考えていたんです」
「玉菊……あぁ、もう、そんな時期なのね……」
「菖蒲姐さんも描いてみませんか?」 梅乃は、紙と筆を出した。
「いいの? やってみたい♪」 思ったより菖蒲がノリノリであった。
(あの時は泣いていたり、落ち込んでいたけど……もう大丈夫そうだ)
梅乃は、菖蒲の様子を見て安心していた。
「私、つい人と比べちゃうのよね……だから、玉芳花魁の禿をしてても「誰よりも、しっかりしなきゃ!」って思っていたのよ。 だから、いつも余所の禿を意識していたのよね……だから、私が私を苦しめていたのよ」 菖蒲は、心の棘《とげ》を捨てるかのように話し出した。
「菖蒲姐さんは、しっかりしていて凄いな~って思ってました」 梅乃も、思った事を話していた。
「変な風に見てなかった?」 菖蒲が聞くと、梅乃は首を横に振った。
「私は、菖蒲姐さんが好きです」 梅乃の言葉に、菖蒲はご機嫌になっていく。
「ありがとう。 じゃ、昼見世の用意するわね」 そう言って、菖蒲は妓楼に戻っていった。
梅乃は、灯篭に貼る紙に下絵を描いていく。
「おっ! いいね~」 片山は梅乃の絵を誉め、お互いに見せあっていた。
そして当日、吉原のイベントが始まった。
各見世で灯篭を置いて、賑やかな吉原に人が溢れかえっていく。
三原屋の昼見世も気合が入っていた。
梅乃は見世の外から張り部屋を見ていた。
すると、 「ゲホゲホ……」と、咳《せき》をしている菖蒲が目に入る。
(風邪かな? まさか、流行《はや》り病《やまい》では?) 梅乃は心配になる。
しかし、よく見ると菖蒲はキセルを咥《くわ》えていた。
(菖蒲姐さん、キセルなんて吸ってたっけ?) よく思い出しても見た事がない。
(なるほど、そうか…… 頑張っているんだな……) 梅乃は幼いながらに菖蒲の努力を尊敬していた。
そこに、若い男性が張り部屋を眺めているのを梅乃が気づく。
(誰にしますか~?) 梅乃は心の中で興味津々だった。
その時、男がクルッと振り向いた。
「お嬢ちゃん、僕に何か?」 若い男は、梅乃に話しかけると
「い、いえ……誰にするか見てただけで……」 梅乃は誤魔化していた。
「ふ~ん。 お嬢ちゃんは、この見世の禿かい?」
「はい。 梅乃と言います」
「そう……何歳だい?」 「十歳です」
そんなやり取りをして、男は去っていった。
すると、 「お前が邪魔したから客が行っちまったじゃないか!」 妓女は梅乃に怒鳴りつけていた。
「すみません、姐さん」 梅乃は頭を下げて、見世の中に戻っていった。
そして夕方、多くの妓女が引手茶屋に向かう。
指名が入り、妓女は迎えに行くのである。
しかし、菖蒲の姿が無かった。
菖蒲は指名も無く、今日も妓楼で待機をしていた。
(姐さん……)
そこに小夜は、菖蒲に話しかけていた。
「姐さん、今です」 小夜が菖蒲の手を引き、張り部屋に向かった。
本来なら昼見世の時間だけ張り部屋に入って、指名を夜に貰う。
つまり、ライバルの居ない、この夜の張り部屋を独占できるのだ。
「ここに居ましょう。 小夜も一緒に居ますから……」 そんな小夜の気遣いに菖蒲は涙を浮かべていた。
「それなら私も……」 そして、梅乃も張り部屋に入ってきた。
それから十分ほど経った頃、昼間に梅乃と話した若い男性が三原屋に来ていた。
「昼間の禿の子だよな?」 若い男性が格子の外から話しかけてきた。
「あっ、昼間の……こんばんは」 梅乃が頭を下げた。
「君も妓女の真似を?」
「いえ、姐さんとお話しをしていました……」 梅乃はニコニコして話していた。
若い男性は、しばらく黙っていたが
「この方は妓女かい?」 若い男性が言うと
「はい。 菖蒲です」 菖蒲は、梅乃より先に声を出した。
「よし、今日は俺と遊ぼう」 若い男性は、飛び込みで菖蒲を指名した。
「はい。 お婆と話してきます」 梅乃は立ち上がり、采の元へ駆けていった。
「お婆、引手茶屋からじゃなく、直接来た客なんだけど……」 梅乃が采に言ったが、渋っていた。
(一人の若い客が飛び込みか……遊び慣れてないのか?) 采は思っていたが、最初の指名くらいは……と、大目に見ようとしていた。
「あの……ウチは大見世って言って引手茶屋を通さないとダメなんだけどさ、今日は特別にいいよ」 采は若い男性に説明して中に入れた。
「それなら、引手茶屋に行けばいいですかね?」 若い男性は、見世の外に足を向けると
梅乃が肘で菖蒲をつついた。
(―はっ!) 菖蒲が若い男性に声を掛ける。
「よかったら、引手茶屋まで案内します―」
こうして菖蒲は、若い男性と一緒に引手茶屋まで向かっていった。
「やるじゃないか~」 采は、梅乃と小夜を誉めた。
「えへへ~」 梅乃と小夜は、ニギニギをして称え合っていた。
(化けるのは、どっちだろうね~) 采は、将来を楽しみにしていた。
そして、酒宴には梅乃と小夜も呼ばれていた。
「お嬢ちゃんも食べなさい」 若い男性は食事を振舞っていた。
「あの……」 菖蒲は声を出す。
「どうしました?」 若い男性は菖蒲を見る。
「いきなり来て、私は何と……」 菖蒲は生真面目で、軽いノリでの営業は不向きであった。
「僕は、近藤《こんどう》 喜十郎《きじゅうろう》と言います」
「私は、菖蒲です」 そんな会話から二人は仲良く話しをしていた。
そして時間が経ち、
「それでは、用意をしてまいります」 菖蒲は立ち上がり、一階の大部屋で支度をしていた。
そこで、菖蒲は客を迎え入れた。
朝、菖蒲は早くに目が覚める。
隣には喜十郎が寝ているのを見て、ホッとしていた。
(やっと、客を取れた……) 菖蒲は安堵感《あんどかん》でいっぱいになっていく。
そんな喜十郎に感謝と、何か不思議な感覚を抱き、顔を愛らしく眺めていた。
夜明けと共に、菖蒲は喜十郎の衣服を綺麗に畳んで帰り支度をしていた。
そして、初の後朝の別れ
「喜十郎様、本当にありがとうございました。 またお会いできますか?」
菖蒲らしい言葉で喜十郎に話した。
「もちろんです」 喜十郎は、菖蒲を抱きしめた。
菖蒲は、恋する乙女のような瞳で喜十郎を見送る。
『ぽ~っ』 姿が見えなくなるまで見送った菖蒲は、大きく息を吐いた。
「乙女ですね、姐さん♡」 梅乃が菖蒲の耳元で囁《ささや》いた。
「うっ……見てた?」
「はい♡ しっかりと♪」 梅乃が答えた瞬間に、菖蒲の顔は真っ赤になった。
「このマセガキが~」 菖蒲は恥ずかしさを消すように、梅乃を追い回していた。
「朝からウルサイよ! 他の客も居るんだよ!」 そして大部屋の妓女が二人に怒鳴った。
「すみません、姐さん……」 菖蒲は慌てて謝り、静かにしていた。
(でも、梅乃は皆を幸せにしてくれる……本当に小さなお天道様だわ。 まるで玉芳姐さんみたい……)
菖蒲は、梅乃の存在に感謝をしていた。
吉原の玉菊灯篭は、おおいに盛り上がった。
(菖蒲も、これで変わったかね……あとは、勝来だ) 采はニヤリとする。
「これでよし。 あとは、昼見世の時間までお休みください」
「ありがとう……」 勝来が小さい声で言った。
それから数時間後に起きる事は、まだ誰も知らなかった。
第三十八話 逆襲「こんにちは~」 梅乃が挨拶をする。この日は赤岩と往診に出ている。「あ~ 梅乃ちゃん、いらっしゃい。 先生もありがとうございます」そう言って、妓楼の中に入れてくれたのは小松崎である。以前、大量の足抜により頭を抱えていた『小松屋』の店主である。梅乃の活躍によって足抜は無くなり、見世を維持できていた。そんな小松屋が三原屋に往診を依頼してきていたのである。赤岩と梅乃が大部屋に入ると 「一列に並んでくださーい」 梅乃は早速、妓女並ばせる。(すっかり手慣れたもんだな……) 赤岩がクスッと笑う。「では、始めます」 赤岩が言うと、梅乃が妓女の服の下を確認していく。「異常なし……こちらも異常なし」 梅乃のチェックは回を重ねる毎に早く、そして正確になっていた。その時、「ん? これは……」 梅乃が悩み出す。「梅乃、どうかしたの?」 赤岩が声を掛ける。「先生、コレなんですが見たことないのがあります……」「どれどれ?」 赤岩が見ると、妓女な身体にはアザとは違う青緑がかった模様が出ていた。「これ、何だったかな……?」 赤岩が考えていると、「もしかして、緑膿菌ですか?」 梅乃が言う。 赤岩は絶句する。何年も医者をやってきている赤岩より、梅乃の方が早くに言葉にしたからだ。「梅乃ちゃん、どうしてこれを……?」「へへっ 先生の本を読んでました」 梅乃が鼻の下をこすって笑う。(なんて子だよ……)「それで、どう対処するんだっけ?」 赤岩が聞くと、「とりあえず栄養のあるものを食べて、免疫を高めるとか……」「そうか……」 これでは梅乃の方が先生になっているようだ。緑膿菌は傷口などから発生する感染症である。現代と比べて衛生的に悪かった時代、感染する者は多かった。しかし、明確な治療が無かった為、『栄養を摂る』しかなかった。こうして小松屋の診察が終わった。「先生……ありがとうございます。 それと、梅乃ちゃん……前もそうだが、本当に世話になってるね。 ありがとう」 小松崎は梅乃の手を握って感謝していた。小松崎は、お茶や茶菓子を赤岩と梅乃に出す。「すみません。 わざわざ……」 赤岩が頭を下げる。「いただきます」 梅乃はパクパクと食べ出した。「梅乃ちゃん、本当に世話になったね~ こうして見世の主を続けられるのは梅乃ちゃんのお
第三十七話 無《む》宿《しゅく》明治五年、七月。 玉菊灯籠の時期がやってきた。「今年はどんな模様にしようかな~」 梅乃が言うと、古峰が横でソワソワしている。「どうしたの?」 「う、梅乃ちゃん……今年は私もやりたい」 古峰がソワソワしていたのは、灯籠の模様を描きたかったからだ。「一緒にやろう♪」 梅乃が古峰に筆を渡す。「おはよう。 朝から頑張ってるな~」 そう言ってきたのは片山である。「潤さん、おはようございます♪」 梅乃と古峰が挨拶をすると、「あれ? 小夜は?」 片山がキョロキョロする。「小夜は馬で休みながら、中で仕事してる~」 梅乃が説明する。「そろそろ梅乃もじゃないか?」 片山が言うと、梅乃が睨む。「い、いや……そういう訳じゃ……」 片山は妓楼の中に逃げていった。「う 梅乃ちゃん……馬、まだなの?」 古峰が聞くと、梅乃は小さく頷く。「一緒だね♪」 そう言って古峰が抱きついた。古峰が灯籠の下絵を描いていく。「古峰、絵が上手だね~」 梅乃が横から覗き込み、古峰の才能を褒めると「ありがとう。 私、親からも相手にされなかったから地面に絵を描いていることばかりだったの……何か言うと叩かれたし……」古峰は、顔を下に向けて話していた。「でも、これは凄い才能だよ」 灯籠の下絵を見て、梅乃は頷いていた。そして玉菊灯籠が始まる。 「今日は忙しくなるからね!」 梅乃が言うと、「小夜ちゃん、出来るかな?」 古峰は心配している。「は~はっはっ。 私は大丈夫だよ」 笑顔で小夜がやってきた。「元気になったんだ」 古峰が笑顔になる。「でも、なんか機嫌が良くない?」 梅乃が不思議そうな顔をすると、「じゃじゃーん♪ お婆が新馬を作ってくれたんだ♪」小夜が、ご機嫌で着物の裾をまくると、サラシで作ってもらった新馬を見せる。「そんなもん、見せるなよ~」 梅乃が大声で叫ぶ。三原屋の前の飾り付けが済んだ三人は、大部屋で妓女の手伝いに入る。今回は、二階の部屋を与えられている四人も昼見世に参加することで、梅乃たちは中級妓女が居る二階に来ていた。そして、梅乃が花緒の部屋に入る。「花緒姐さん、失礼しんす」 花緒の部屋を開けると、花緒が泣いていた。「どうしたんですか?」 梅乃が驚き、花緒に声を掛けると「この玉菊灯籠の時期って、寂しくなるん
第三十六話 栞《しおり》赤岩が復帰してから二週間が経つ。桜の花も散り出す頃、梅乃たち三人が並び「みんな、よくな~れ」 そう言って “ニギニギ ” をしている。そんな中、赤岩は岡田に蘭方医術を伝えていた。「ここの腑《ふ》ですが……」 ※腑は内臓のこと医学書を使い、岡田に説明をしている。岡田も必死に学んでいく。その途中、「そして先生…… 先生の病とは、どんなものなのでしょう……?」岡田の質問に、赤岩は黙ってしまう。「先生?」「あっ、すみません……」 慌てたように赤岩が謝る。「先生……」 「私の病は貧血なんです。 それも悪性の」 赤岩が話すと「先生― 戻りました~」 梅乃が赤岩の部屋の前で声を出す。この声で赤岩と岡田が黙ってしまう。梅乃が赤岩の部屋の戸を開ける。「赤岩先生、岡田先生もいたのですね。 今日も教えてもらえますか?」梅乃が無邪気に医学を教わりに来る。「そうだね。 今日は何を勉強しようか?」 赤岩が微笑む。 岡田は現実を知りながらも、二人の未来を見守っている。 「梅乃、古峰と買い物に行っておいで」 采がメモを渡すと 「はーい」 梅乃は、読んでいた本を閉じて立ち上がる。 そして買い物に出掛けた梅乃と古峰は、仲の町で手をつないで歩いていく。「ねー 古峰、赤岩先生って具合悪いのかな~?」 梅乃が突然言い出す。 「な なんでそう思うの?」 古峰が聞くと、 「この前、長岡屋で倒れてから岡田先生が居るでしょ。 なんか赤岩先生が悪いから岡田先生が診ているような気がするんだ……」「……」 これには古峰も黙ったままだった。 古峰も薄々と感じていたが、必死に誤魔化している赤岩の姿を見ていた。 この事は知らないフリをしている。 「こんにちはーっ 買い物に来ましたー」 元気よく千堂屋で声を出す梅乃。 「こんにちは梅乃ちゃん、古峰ちゃん」 野菊が挨拶をすると 「こちらの物をお願いします」 梅乃がメモを渡す。 しばらく千堂屋で時間を過ごした。 すると、客の声が聞こえる。「聞いたか? 長岡屋で医者が倒れた話……」そんな声が聞こえ、梅乃が耳を傾ける。(マズイっ―) 古峰は焦った。 そして、「う、梅乃ちゃん……コレ、綺麗だね……」古峰は、梅乃の耳を遮るように話しかける。「えっ? どれ?」 梅乃が古峰に顔を向
第三十五話 優しい嘘明治六年、 春真っ盛りで桜の花が眩しいくらいに咲いている。「みんな、よくな~れっ!」 梅乃が声を出すと、両脇の小夜と古峰が“ ニギニギ ” をする。桜の木の下での約束は健在である。誰かが大変であれば、 “ニギニギ ”をして励ます。こんな毎日を過ごしていた。「いたいた~」 梅乃に声を掛けてきた女の子がいる。絢である。「梅乃~、小夜~、えっと、誰だっけ?」 絢が笑って誤魔化していると、「絢~ 古峰だよ~」 梅乃が言う。「そうだった」 絢は古峰の名前を忘れていたようだ。「お昼前に会うの、久しぶりだよね~」 絢が言い出すと、「今は誰に付いているの?」「今は瀬門《せもん》姐さんに付いているの」 絢が答える。絢は、鳳仙に付いていたが癌で引退をしてしまい、そこからは瀬門という妓女の元で学んでいるらしい。「そうなんだね。 瀬門さんって、どんな人?」 小夜が聞くと、「まぁ、鳳仙花魁みたいな派手さは無いけど、色々と教えてくれるんだ~」絢は笑顔で話す。そんな話をしていると、少しの違和感が出てくる。「絢、ちょっとゴメン……」 梅乃は、絢の腕を掴んで禿服の袖《そで》をまくった。「―っ」 絢は驚いたが、一瞬の事で抵抗ができなかった。すると、袖の下から無数のアザが出てくる。「絢……」絢は急いで袖を元に戻す。「見なかった事にして……」 絢が視線を逸らして言うと「うん……なんで禿って、こうなんだろうね……」 小夜がボソッと呟く。絢は、目に涙を溜めていた。「よし、みんなでやろう!」 梅乃が言うと、四人で並んで桜を見つめた。そして、手をつなぎ “ニギニギ ”をして「絶対に花魁になろう! 辛くても、頑張ろう。 みんな、よくな~れ」絢も笑顔になって、ニギニギをする。「これ、なんか元気になるね♪」 絢は喜んでいた。こうして絢は鳳仙楼に戻っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで梅乃は絢を無言で見送る。そして、三原屋に戻ると「お前たち、どこに行ってたんだい?」 采が言う。「すみません。 桜を見に行っていました―」 梅乃が元気に答えると、「そうか…… 梅乃、赤岩と一緒に往診に行っておいで。 小夜は勝来に付きな。 古峰は信濃に付くんだ」 采は今日の仕事を言う。梅乃が赤岩の部屋の前に来ると、「失礼しんす。 梅乃で
第三十四話 わらべうた深夜、梅乃が目を覚ます。それに小夜が反応して目を開けると「どこに行くの? 梅乃……」「小用……」 そう言って梅乃は布団から出ていく。しばらくして梅乃が戻ってくると「私も行ってこよう……」 小夜も立ち上がり、小用を済ませにいく。妓楼の大座敷の奥がトイレになっており、トイレの壁の向こうは外になっている。小夜が小用を済ませると、壁の向こう側から声が聞こえてくる。(こんな時間に、誰だろう……?) 小夜は気になっていた。そこから声がハッキリと聞こえてくる『通りゃんせ 通りゃんせ……ここはどこの細道じゃ……天神様の細道じゃ……』(こんな時間に、誰……?) 小夜の背筋が震える。そして小用を済ませた小夜が梅乃に話しかける。「梅乃、梅乃……」 「んっ? どうしたの? 小夜」 梅乃が薄っすらと目を開けて言うと「なんか出たみたい……」小夜が言うと、梅乃が『ガバッ』と起き上がる。「えっ? マズいな~」 梅乃が呟くと「マズい?」 小夜が首を傾げる。「だから、オネショでしょ? お婆に叩かれるよ~」 梅乃が頭を抱える。「えっ? オネショしてないよ……」 小夜が目を丸くすると「だって、「出たみたい」って……」 梅乃がキョトンとする。「あっ、それか……って、そうじゃない! 便所の壁の向こうから歌が聴こえたのよ~」 小夜の口調が早くなる。「歌? どこかの酔っ払いじゃない?」 そう言って、梅乃が布団の中に潜ると「そうじゃないのに……」 小夜は気落ちしてしまった。翌朝、梅乃が目覚めると、小夜は布団に居なかった。(小夜、早起きだな……)梅乃も起きて、布団を畳む。「おはよう」 古峰が声を掛けると「おはよう♪ 小夜、見なかった?」 「さ、小夜ちゃんなら外に出ていったよ」 古峰が説明をすると、梅乃も妓楼の外に出て行く。「小夜~」 玄関を出て、声を出しても小夜の返事がない。そして妓楼の裏手に回ると、「いた。 小夜~」 梅乃が声を掛ける。「梅乃……」 小夜の表情は暗く、落ち着きもなかった。「小夜、どうしたの?」 「昨日の……歌が気になって」 小夜がキョロキョロと周囲を見回すと、梅乃もキョロキョロとする。「それで、どんな歌だったの?」 梅乃が聞くと、「通りゃんせ……」 小さく答える。「通りゃんせか……小さい頃
第三十三話 紅《べに》冬も終わる頃、昼間の暖かさを感じれるようになってきた。そして、頬に温かさを残している者がいる。片山である。片山は、鳳仙が触れた頬の感触が忘れられずにいた。『ボーッ……』 仕事をしているものの、少しすると鳳仙を思い出しては こうなってしまう。(重症だな……) 禿の三人は、遠目で見ていた。「古峰~ ちょっと……」 妓女のひとりが古峰を呼ぶと「は~い。 姐さん、行きます」 そう言って大部屋に向かう。玉芳が厳しく言ったことから、禿に厳しく言うことは減っていた。古峰も段々と警戒は薄れ、返事も明るくなっていた。(やっぱり玉芳花魁は凄い……) 梅乃の理想は玉芳であり、いつかは玉芳のようになりたいと思っていた。昼見世の時間、妓女は張り部屋に入る。ここで顔を売り、夜に指名を貰う為である。段々と暖かくなり、人足も増えてきたころ「古峰も中に入りなさいな~」 そう言って、張り部屋に古峰が引きずり込まれる。「あ、あの……」 口下手な古峰は、上手く断れずにいた。そして、妓女の一人が化粧道具を持ち、古峰に化粧をする。「あわわわ……」 化粧をされるのが初めてな古峰は、言われるがまま流されていった結果……「えっ?」 全員がポカンとする。 「あの……何か?」 古峰が不思議そうな顔をする。「お前……鏡、見てごらん」 妓女が鏡を古峰に見せると「誰だ……?」 古峰自身も驚いていた。顔立ちが濃く、ハッキリしていて目が大きく大人っぽい古峰に全員が黙った。古峰が どうしていいか分からず “チラッ ” と、梅乃と小夜を見ると(なんか勝者の顔に見える……) 梅乃と小夜は、ショボンとして歩いて行ってしまった。(えーっ? 助けてくれないの?) 古峰は見捨てられたような絶望感を味わっていた。その後、妓女の玩具《おもちゃ》にされた古峰は、バッチリメイクのまま過ごしていくことになる。張り部屋に居た古峰に指名が入るほどの変貌ぶりに(なんか負けた気がする……) 仲の町を歩く梅乃と小夜は落ち込んでいた。「梅乃~ 小夜~」 呼ぶ声が聞こえ、二人が振り向くと「何、しんみりと歩いているのよ~」 声を掛けたのは鳳仙である。「鳳仙花魁……」 梅乃が小さい声で言うと、「さっきから何なのよ~」鳳仙が茶屋に誘い、梅乃と小夜の三人でお茶を飲む。「……そ